2013年6月5日水曜日

鉄道の旅

デュッセルドルフ駅
動画  ICEからの風景(ベルリンへ)
 ICEからの風景(フランクフルト空港近くアウトバーン3号)
 クレーフェ行きのローカル列車
ハンブルグ駅
 ゲッティンゲン駅
フライブルグ駅  
 スイスの山並み
スイスの湖
イタリア北部マジョーレ湖

  このたびはドイツ、スイス、イタリアを鉄道で旅している。デュッセルドルフからベルリン、ハンブルグ、フライブルグ、バーゼル、ベルン、ミラノ、モンツァ、チューリッヒ、コンスタンツ、ガルミッシュ・パルテンキルヘン、ローテンブルグ、フランクフルト、クレーフェ、ゲッティンゲンなど。

  ドイツの新幹線ICEは主に在来軌道を走っているが、ケルンとフランクフルト空港の間はICE専用軌道が完成しており、時速300km以上で走っていた。特にこの区間はアウトバーン3号線と並行して走っているところが多く昔よく車で通りかかった風景も見ることもできた。

  駐在時代にデュッセルドルフからミラノへは毎週のように出かけていた。ミラノとトリノの中間にあるピエモンテ地方ベリチェリに新工場を建設するプロジェクトの準備のためであった。

  飛行機、あるいは車で出かけているが約800kmあり、日本ではちょうど東京と広島の距離に相当する。この距離は日本では車で10時間以上かかる。ドイツ国内は無制限速度のアウトバーンを使用することから8時間で行くことができた。

  今回初めて鉄道でミラノに出向いた。行きは、バーゼル、ベルン経由、帰りはチューリッヒ経由コンスタンツ着であった。スイスの山並み、湖をゆっくり楽しみながらの旅となった。

  ドイツに戻り再度ICEを利用したが、ICEがドイツ国内のほとんどの地区に普及していたことと、ローカル列車が昔と比べて一新され美しく様変わりしていたことが印象に残っている。

  しかし、乗り継ぎに間に合うか列車の遅れにいらいらしながら、またデュッセルドルフに戻るヴィルツブルグからのICEは遅れるとともにいつ間にかフランクフルトで運行停止になり1時間後の次の列車まで待たされた。なぜなのかと駅員に聞いても Ich weiss nicht.(知らない)とそっけない態度で、腹立たしい思いもした。

  当たり前と思っている日本の鉄道の正確さを認識することにもなったが、遅れが出ているくらいのアナウスのみでほとんど案内のないのも不親切と思う。日本の鉄道はしつこいほどアナウスがあり騒々しいのも問題と思うが。

2013年6月4日火曜日

ノルデナウ

 
 ホテルトメス入口
 ホテルトメス
 洞窟入口
 白アスパラガス
散歩道

  デュッセルドルフから東約150kmのところザウアランド、ノルデナウという村に療養ホテルトメスがある。ここが有名なのは、旧鉱山洞窟から湧き出る水とその洞窟での空気である。いずれも体に良いようで評判となっている。

  ドイツ在住時代、娘のバイオリンの先生であった方が今もエッセンに住んでおられる。ご主人はエッセン交響楽団のホルン奏者であった。このたび久しぶりにご夫妻にお会いし、このノルデナウで時間を過ごした。

  ご主人は同い年でもあり、出身も同郷で、小さいころの京都の話でお互いに共通の話題で盛り上がった。すでにリタイアし自適の生活で、ベルリンに住む娘さん(バイオリニストとして活躍)夫妻のお子さまのお手伝いが楽しみという。今回はご主人の車で案内していただいた。

  ザウアランドには鍾乳洞、森林など日本に近い風景のところが多く、このノルデナウも森の中にある村である。到着後、さっそく洞窟に入り、横になり約20分冷気の感じる空気を吸い込み瞑想の時間を過ごした。何か体が休まる感じである。有名な水(奇跡の水といわれる)を飲み外へ出て、レストランで昼食をとった。

  この時期、ドイツはアスパラ(シュパーゲル)の季節。特においしいのが白アスパラガス。 醤油を持って来れば日本人にとっては最高であるが、バーター味でも十分おいしく味わった。そのあと、近くを散策、このホテルを利用する人は療養休養が目的であるため、周辺の自然の中で散歩もできるようになっている。

  そのあと再度洞窟で時間を過ごしすっかり体がリラックスし、デュッセルドルフに戻った。ご夫妻はドイツ生活40年を超える。日本への帰国はと聞いたところ、今のところ考えていないとのこと。お子様達はドイツ人として育っており、孫の世話もあり当然のことかもしれない。

2013年6月2日日曜日

カルカール

 カルカール市庁舎
 ワンダーランドカルカール
 風力発電所(ヘンネンペル)
 ワンダーランド入口
ワンダーランド遊戯施設

    20年ぶりであろうか、ドイツカルカールを訪れた。デュッセルドルフ在住時は車で訪問しているが、今回は鉄道でクレーフェまで行き、バスに乗り換え町の中心街ラートハウス(市庁舎)前で降りた。この田舎町のラートハウス広場にもレストラン、カフェがある。たくさんの人が日曜日の午後をゆっくりと過ごしている風景を見て、ヨーロッパの人々の日常生活を再度垣間見た。

  20年ほど前ここを訪れた時、この近くにあるワンダーランドカルカールが再び脚光を浴びるとは思いもよらないことであった。福島原発事故の後、原発政策の基本的違いの象徴として知る人ぞ知るという存在である。(http://tsukubanite.blogspot.jp/2011_03_01_archive.html

  カルカール中心部から4kmのライン川沿いに建てられている。今回は歩いて行くことにした。どこまでも田園が続くが、途中菜の花畑に原子力発電所跡のワンダーランドと風力発電という対照的な光景を見ることもできた。

  ワンダーランドにはホテルも併設され、子供たちの遊戯施設のほか、健康保養施設としてたくさんの人々が宿泊し保養していた。原子力発電所の跡の有効利用として成功しているようである。

  この近くの村、ヘンネンペルの農家には以前はBaustop(建設ストップ)などのスローガンの看板が多く見られたが、すでにそのような足跡はなく、昔ここで原子力発電所反対運動があったことは知ることはできない。この豊かな自然は将来とも受け継がれていくことは間違いなく、福島の現状との落差を再度見せつけられた。