2012年10月12日金曜日

ナノカーボンの時代へ

 カーボン素材と言えばダイヤモンド、黒鉛、カーボンブラックなど昔から世界で広く使われている。ダイヤモンドは装飾の他、工業的にも研磨材や切削工具など多くの用途に展開され、また黒鉛は鉛筆の芯、カーボンブラックはタイヤなどの補強材に使われカーボン素材は今までも材料の世界で重要な役割を演じてきた。

18世紀後半に始まった産業革命以来、19世紀は鉄の時代といわれた。そして20世紀初頭まだ高分子という概念のない時代に初めての人造繊維であるレーヨンが発明され高分子時代の幕開けとなった。1920年には、ドイツのシュタウディンガーが高分子の存在を唱えたが認められるところとはならなかった。高分子の存在の証明とその発展を決定的にしたのがデュポン社のカロザースによるナイロンの合成である。

20世紀はこの合成高分子という新しい素材の発展した時代でもあり、特に戦後石油化学を土台にした有機合成高分子材料が続々と発明され、私もその分野の一つである合成繊維に関連する技術開発に従事するという時代を過ごしてきた。

仕事に従事した時にはすでに衣料繊維としてのアセテート、ナイロン、ポリエステルが広範に普及し、そして産業資材繊維としての高強力ナイロン、HMLSポリエステル、またメタ・パラアラミドに代表されるスーパー繊維と合成繊維の技術開発の歴史をそのまま体験した。

一方では、20世紀後半にはカーボン繊維の開発も並行して進められた。しかしカーボン繊維は軽量で高強力ではあるが製造コストが高いことがネックとなり、最初は宇宙ロケットの素材など特殊な用途に限られ産業として確立するのには時間がかかることになる。

コスト高のこの素材はまずは民生用としてゴルフシャフト、釣り竿などのスポーツ用途に展開されたが、事業自体は赤字が続く。このため世界中の多くの企業がこの分野に参入したが耐えきれず、生き残ったのが日本の企業という歴史である。

日本企業は繊維構造欠陥部を減少させる製造技術の開発、生産性向上を図るなど地道な技術開発を続けた。また用途展開として軽量化の効果の最も出る航空機部材への展開を図り、ようやく事業としても成り立つようになった。このように21世紀のカーボン素材の時代への橋渡しの重要な役割を演じたのが日本企業であることを認識したい。

このような背景の中で、20世紀末には新しいカーボン素材としてナノカーボンが発見された。1985年にはフラーレンが、1991年にはカーボンナノチューブが発見され、そして2005年にはグラファイトからグラフェンをとりだすことに成功した。続々と新しいナノカーボン素材がこの世に出てきている。この21世紀は従来のカーボン素材・カーボン繊維に加えてナノカーボンの時代の様相を呈している。

その中で、カーボンナノチューブについては1991年の飯島博士による発見以来まだ大きな産業には至っていない。特にその特性が顕著な単層カーボンナノチューブについてはその製造が難しくコストも膨大で実用化にはまだ時間がかかるとされている。

このため、2010年から国のプロジェクトとして単層カーボンナノチューブの製造技術開発、用途開発を促進させるため技術組合単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC)が設立されている。すでに各企業にサンプル提供を開始し実用途に結び付けるべく努力がなされており、2016年の実用化を目指している。加えてグラフェンについても製造技術と応用展開技術の開発が進められている。

将来の社会変革に伴い、例として電気自動車、燃料電池自動車、超小型自動車、エコシップ、小型ジェット、介護ロボット、工場農園などの分野が成長することが予想される。これら分野を支えるエネルギーディバイス(電池、キャパシタ類)、タッチパネルなどの透明導電膜、アクチュエーター、車体・飛行機・風車などの軽量構造体、LED用高熱伝導材料などにナノカーボン素材が使用される可能性が強い。

資源開発の面でも海に囲まれた日本では深海での資源開発が脚光を浴びており、これには深海ロープなどのケーブルが必要となり単層カーボンナノチューブが使用される可能性を秘めている。

そしてこのケーブル技術の延長線上には本年発表された大林組の宇宙エレベーター構想にも関係してくるものと思われる。計画では2050年には実現とのことであり、21世紀の半ばには新しい宇宙の時代になることを示唆している。

日本からナノカーボン産業の創生が実現出来ることを期待し、特に単層カーボンナノチューブプロジェクトの重要性を感じる今日この頃である。