2010年11月3日水曜日

那須岳


           (那須岳中腹の紅葉)

先週は台風などの影響により雨の日が多かったが、本日は久しぶりに朝から朝日が差し、ドライブに出かけることにした。那須地方は今まで塩原温泉、会津高原などドライブに何度か出かけているがまだ那須岳に行った事はなかったのではじめてトライすることにした。

常磐道、北関東道、東北道を走り、約2時間で那須塩原インターを降りて、近くの「創造の森農園レストラン」で昼食を取った。森の中にあるレストランで、その敷地内でシュタイナー教育による保育園も経営している。畑もあり、大根、白菜、にんじん、ねぎなどなど栽培していた。ヤギが雑草を食べておりのどかな雰囲気の中でくつろいだ。

昼食後那須岳に向かった。麓は晴れており10℃くらいであったが那須岳近くのロープウエー乗り場に到達すると0℃でぱらぱらと粉雪が舞っていた。ロープウエーの頂上駅付近は真っ白な雪化粧となっていた。

帰途の中腹で紅葉を見たが、ところどころ黄色、赤色の色彩が見られるが、全体には茶色になりつつあり、すでに冬が到来し紅葉の季節がなかったような光景であった。今年の春も短く、冬からすぐ夏の気候に移ったがこの秋も同じように短い感じがする。

それでも那須高原は晴れ間も見られ、紅葉を楽しみながら高原のドライブを続け、つくばに戻った。今日は行楽日和で帰りの高速道路は、いつもは混まない宇都宮、友部付近が渋滞で今までにない経験であった。つくばで高速道路を降りたが、この後東京まで40kmの大渋滞との表示が出ていた。つくばに住むことのありがたさを感じた一日でもあった。

2010年10月8日金曜日

グラフェン

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今週はノーベル賞の話題が多かった。長年勤めていた会社に在籍していた方も受賞し他人事ながら嬉しい週であった。
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しかし、今回の化学賞の対象になった反応を最初に考え出し物作りをした人は別人であることも知った。勤めていた会社の同僚が大学院時代その研究室の先生たちと研究し論文も海外を初めいろんな学術誌に載せたとのこと。すでに当時の先生は故人となり、受賞を伝えるニュースでも最初の発想はその方であることを紹介していた。
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その後、より効率的に低コストを実現する技術を開発したことにより工業的に利用されるようになり今回の受賞となったものと思われる。身近にノーベル賞級の研究をしていた人がいることを知り世の中狭いものと感じた。
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一方、物理学賞は英国のグラフェン研究者に与えられ、我々カーボンナノチューブに関わるものとっては残念との思いである。世界で初めてカーボンナノチューブの詳細構造解析・特性を明らかにした飯島博士には与えられなかった。我々研究機構の顧問でもあり、産業技術総合研究所ナノカーボン研究センター長でもある。
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グラフェンはその後発見され、チューブではなく平面状である点違うが、カーボン結合は全く同じで、フラーレンと共に同類のもの。フラーレンもすでにノーベル賞を授与されておりチューブだけは残念ながら与えられていない。
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これら3兄弟ともまだ大きな具体的用途は開発されておらず、ナノチューブは我々研究機構の成果次第で認知されるのではないかと思い直し、もうしばらく微力ながら世のため励んでいきたいと思う。

2010年9月11日土曜日

単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC)

  単層CNT融合新材料研究機構(TASC)はすでに5月24日に設立されているが、実際の活動に入ったのは8月からである。8月中はつくばに参集した研究員は一部であったが、この9月1日からは予定していたメンバーが勢ぞろいし本格的な研究活動を開始することになった。

  9月1日の初日に全職員に対し機構の方針と将来ビジョンについての説明を実施したあと、若い研究員を特に意識して六訓を紹介した。福沢諭吉の言葉との説もあるが実際は誰が言い出した言葉かは不明というのが定説である。これからの人生を歩むに当たって常に頭に入れておいて欲しいとの願いで引用した。

1.世の中で一番立派なことは一生涯を貫く仕事をもつことです。
2.世の中で一番みじめなことは人間として教養のないことです。
3.世の中で一番淋しいことはする仕事のないことです。
4.世の中で一番尊いことは人のためになることをして恩にきせないことです。
5.世の中で一番美しいことはすべてのものに愛情をもつことです。
6.世の中で一番悲しいことはうそをつくことです。

  そして8日には、産業技術総合研究所内にあるレストランでキックオフパーティーを開催した。珍しく台風が通り過ぎる最中のパーティーとなった。カーボンナノチューブという素材が新しい産業を創出できるよう日本の英知を集めて検討を開始する。2035年にはカーボンナノチューブ生産会社売り上げ、数1000億円、関連市場規模1兆円の産業の可能性を求めてもうしばらく毎日を励みたいと思っている。

  本日久しぶりに我が畑に出向いた。この夏は日照りのためあまり作物が出来ていない。それでもメロンを収穫したりして楽しませてもらった。カボチャだけは元気に成長、たくさんのカボチャがとれ居間に転がして少しずつ食している。ふかしたり、てんぷらにしたりでなかなか美味しい。ことのほか暑かったこの夏も過ぎ、この2、3日、夕方は涼しく感じられる。暑さが落ち着けばまた土日の仕事として畑作業も開始するつもりである。

2010年8月1日日曜日

産業技術総合研究所(AIST)




並木公園の並木道




自宅マンション近くの並木道



収穫したカボチャ


  つくばのメインストリートである東大通に面して有名な宇宙航空研究開発機構(JAXA)があり、その北には物質・材料研究機構(NIMS)が、南には産業技術総合研究所(AIST)がある。それぞれ広大な緑あふれる敷地をもっているが、この産業技術総合研究所の敷地が一番広く、正門を入っても目的の場所に行くのに歩いて15~20分かかることもある。この正門はつくば自宅から歩いて15分のところにある。

  この研究所では新しい産業を創出するために色々な分野の研究開発が実施されている。その中の一つの研究テーマにカーボンナノチューブがある。このナノチューブ応用研究センター長が飯島澄男博士で、昨年文化勲章を授与された方である。1991年にカーボンナノチューブの詳細な構造を解明しカーボンナノチューブの第一人者として世界的に知られた研究者である。
 
  カーボンナノチューブの構造・特性は解明されているが、これを工業として製造し応用する技術はまだ完成されておらず、国家プロジェクトとして研究開発することになった。日本発の素材を工業化し近い将来の大きな産業の一つに育てようとするものである。このため産学独(独立行政法人産総研)で構成された研究開発組織「単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC)」がこの産業技術総合研究所内に設立された。
 
  この研究開発機構でリーゾナブルなコストを可能にする製造技術と具体的応用開発に成功すれば、いずれ飯島博士とその製造応用技術開発者にはノーベル賞が与えられることは間違いのないことと云われている。6月からこの研究開発機構の仕事に関わることになり、8月からようやく本格的に研究開発事業を開始することになった。
 
  自宅からは歩いて15分のところであるので、毎朝夕の通勤には緑豊かな並木道を歩いて通っている。この時期暑さ厳しいが木漏れ日を浴びながら緑のトンネルを歩くのは気分爽快である。ますます蝉の音はうるさくなるが、夏の趣として味あうのもいい。ドイツ時代は片道4kmのライン川の土手を歩いて通勤していたが、このような蝉の音は皆無であった。これからも四季を楽しみながら通勤したいと思う。
 
  本日久しぶりに我が畑に行ってみたところ、小麦はとっくの昔に実を結んでいたが放置しておいたので鳥のえさになったようで、枯れ草のみが残っている。昨年コンポストにしていたカボチャの種から自然に芽が出て、畑は一面カボチャの葉っぱで埋め尽くされていた。カボチャが出来ており持ち帰った。色・形など色々な種類があるようである。てんぷらなどにして食べるつもりである。
 
  これからは土日だけでも畑作業をするつもりであったが、休みの日にも結構やることがあり畑に向かうのは月に数回になりそうである。それでも、キョウリ、なす、ピーマン、ゴウヤ、青葉、おくら、ししとう、モロヘイヤ、メロンなどが育っており、その内キュウリ、なす、ピーマン、ししとうは食べごろのため持ち帰った。他の作物もまもなく収穫出来そうである。

2010年5月28日金曜日

東京飛鳥山公園



都電と飛鳥山

  ほぼこの1年ゆっくりとした生活で、さらに5月からは久しぶりにドイツに1~2ヶ月ほど滞在する計画を立てていた。しかし、5月に入り突然仕事の話が入り込んだ。そのため最近はその準備に霞ヶ関訪問の用件が入りほとんど東京で生活している。

  まだ梅雨には早いが雨の日が多いこのごろである。今日は久しぶりに晴天で午後、東京自宅から散歩に出かけた。都内唯一の都電を見ながら、なるだけ路地を歩き目的の飛鳥山公園に着いた。自宅からほぼ1時間ちょっとの距離であった。

  この飛鳥山公園は、小高い丘で江戸時代に桜が植えられ桜の名所として浮世絵にも描かれているところである。この山のふもとは王子という地区で、明治時代に渋沢栄一が日本最初の製紙会社王子製紙を設立したことでも有名である。この公園の中にはその記念の紙博物館もある。子供が小さいときにも都電を使ってよく訪れて散策を楽しんでいた。

  昔と違うのはこの小さな山にケーブルカーが出来ていることである。歩行が困難な人でも車椅子で公園を楽しむことが出来るようになった。ハンディキャップのある人も出かけることが出来るようになり、この30年で日本もずいぶん人にやさしい環境づくりが出来ている。

  6月からはつくば自宅近くの研究機構に勤務することになった。これからはほぼつくば100%の生活になる。畑作業は土日だけの仕事になりそうである。

2010年5月5日水曜日

我が小麦畑

関西、北陸のドライブ旅行のため我が畑はほったらかしであったので状況を見に午後畑に出かけた。昨年末に播いた小麦はそのほとんどをたくさんの鳥に食べられたと思っていたが、食べ残しが芽を出していた。

旅行前にはまだ小さな茎と葉に過ぎなかったが、久しぶりに畑を見ると立派に成長し小麦の穂が出ていた。畑の2/3は小麦の緑で覆いつくされた。小麦の中に雑草も結構生えており手で抜いて小麦が無事出来るよう願った。

野菜の花はすでに菜種をつけており、このまま置いておいて菜種も採ってみたいと思う。ほうれん草、キャベツ、あさつき、レタス、玉葱などを収穫しその後を耕し、昨年来残飯・雑草・残野菜で作っていた堆肥を畑に追加した。これから夏野菜の種、苗を植える予定である。

2010年5月1日土曜日

立山雪の大谷


勤めていた会社の同僚が退職後宮津に住んでいるとのことで、この連休京都の墓参りの帰りに訪れた。日本海の入り江に面してリゾートマンションがありその14階に住居があった。目の前が海、天気が良いと東尋坊まで見えるという絶景の場所であった。

一夜明けその海岸を散歩した。夏は海水浴、ヨット、ボートなどが楽しめるという。有名な山椒大夫の安寿と厨子王の潮汲みなどの過酷な労働の場所でもある。松林のところどころにはハマナスの花も咲いており春のすがすがしい気分を味わった。

帰りは立山に立ち寄った。富山に2泊し、車は富山に置いて、富山電鉄で立山に向かった。立山駅は人人の波であった。長蛇の列に並び高原バスを待った。待つこと3時間、ようやく乗れた。

2400mの室堂までの標高差の大きな登山道はスイスのフルカ峠の小型版である。フルカ峠はガードレールがなく片側はがけ、ドイツから車で出かけ運転するのに緊張したのを覚えている。ここはガードレールがついており少し安心である。

室堂の回りは真っ白な銀世界。スイスのユングフラウヨッホ、マッターホルン、モンテローザ、サンモリッツなどの雰囲気と全く同じである。7月になればこの銀世界も緑の絨毯になるのであろう。スイスと同じ体験をするにはこの5月連休が最適である。

帰りは1時間ほどの待合でバスに乗ることが出来た。今回はあまりにも人が多く、黒部湖まで行くことが出来なかった。次回は長野側から黒部ダムを訪れたいと思う。(http://tsukubanite.blogspot.jp/2011_05_01_archive.html#1063421077571710466)


        動画 立山室堂からのパノラマ