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本州最南端は潮岬、最西端は山口県の毘沙の鼻、最東端は岩手県魹ケ崎(とどケさき)、そして最北端は大間崎である。下関の北に位置する毘沙の鼻は広島に住んでいるころドライブしているが、今回ようやく最北端の大間崎に来ることができた。
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対岸には函館山が見えるとのことであるが本日は天気が良いがもやがかかり見ることは出来なかった。みやげ物や食堂など観光客目当ての店があり多くの人で賑わっていた。もちろん有名なマグロも食べられたがまだ朝早く昼食には早いためあきらめることにし、海産物をお土産に買うにとどめた。
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そのあと陸奥湾側海岸沿いにドライブし、途中仏が浦の奇岩の群れを見て下北半島の東側から八戸に向かった。山間の道にはまたまた水芭蕉の群生が見られ楽しませてくれた。六ヶ所村には広大な平原に立ち入り禁止のまた広大な敷地があり、これが原子力関係の施設であることが分かった。付近の道、公共設備などが立派で、原子力設備の代償としての助成金が豊富に使われていることもよく分かった。
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夕方には八戸に着き、夕食は創作料理店「うおんさい」でとった。湯葉料理、古代米料理など特徴があるが特に古代米バッテラは鯖の何ともいえないうま味があり非常に美味しいものであった。
2009年5月3日日曜日
水芭蕉の花
広島北部にも水芭蕉の群生するところがあり訪れたことがあるが、恐山から下風呂温泉に向かう途中の山中で水芭蕉の花が満開のところを通りかかった。思わず車を止めて写真に撮った。
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水芭蕉といえば尾瀬が有名であるが、尾瀬が特に名をはせているのは歌の影響が大きい。中田喜直の「夏の思い出」である。この澄んだ歌声は水芭蕉の花の清楚な美しさを想像させ、より魅力的な花の印象を与えることになったのだろう。
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ある程度の高地と沼地があれば日本のどこでも水芭蕉は育つようである。ヨーロッパにいるころスイスの山々をドライブしたときにはエーデルワイスの花が見られたが、同じようにこの水芭蕉もその土地に育つ花として毎年人々を楽しませてくれているものと思う。
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山道を降りる手前に薬研渓流があり道をそれて渓流を上った。渓流といえば奥入瀬渓流をサイクリングしたことがあるが、ちょうどその小型版との感じであった。渓流の上流には薬研温泉があり露天風呂で楽しむ人も見られた。足湯もあり足を温めながら休憩をとった。
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足湯の後、山を下り下風呂温泉に入った。ここは井上靖が小説「海峡」を書くために宿泊したところでその宿泊した有名な旅館がある。しかし、あいにく満室で泊まれずとなりのホテルに泊まることになった。
恐山
この数日前まではこの山越えが出来ず通行止めだったそうだ。いっせいに参拝者が押し寄せたようで駐車場はいっぱいであった。車のナンバーを見ると東京、大阪など遠くからの人々が多い。1000円という高速道路の特別料金が大きな理由であろう。
湖の回りの山々には木々があるが、比叡山、高野山の様相とは全く異なり、盆地にある境内には樹木はほとんどなく硫黄の噴出する荒地の中にお寺の伽藍がある。夜はさぞかし不気味な雰囲気であろうと思う。霊魂が集まると言われる所以が分かる。
昨日青森で夕食をした豆腐料理店「豆のや」が作ってくれたお弁当を駐車場の車の中で食べ今夜の泊まるところ下風呂温泉に向かった。
2009年5月2日土曜日
弘前城からの岩木山
小岩井農場の桜を見た後東北道を北上し弘前に入った。弘前城近くの駐車場はどこも満員であったがお堀近くの公営駐車場に運よく車を止めることが出来た。
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毎年この五月連休時に桜が満開になるとのことで有名な弘前城であるが今年は少し早く咲き始め今日はすでに満開を過ぎていた。しかし枝垂れ桜などまだ満開の桜も結構多く桜のトンネルを歩いた。
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ここからは岩木山が目の前に広がり、その銀色の山を写真におさめることが出来た。出店もたくさん出ており、これからのドライブ、土産にたくさんのりんごを買い求めた。大きなりんごでなかなか美味しい。この連休中のドライブのおやつに楽しみにして食べたいが、お土産として残るか疑問ではある。
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夕方には青森市に入り、棟方志功記念館を見て回った。若い頃一度来ているのであるが、そのときは閉館しており中には入れず入り口で写真をとったに過ぎなかった。有名なサンパウロ・ベニス・ビエンナーレ賞をとった「釈迦十大弟子」の版画を初めて見ることが出来た。その前に立つと何か迫ってくるものを感じた。志功のエネルギーが伝わってくるようであった。
小岩井農場一本桜と岩手山
昨日は花巻に入り宮沢賢治のゆかりの地を訪れた。記念館は北上川を望める木々の茂る丘の上にあり賢治の足跡を示すいろいろなものが展示されていた。もともと農学を修めた科学者であるが、文学にも、またチェロを弾いたように音楽にも、絵画にも、天文学にも、地質学にも多彩な能力を発揮した人である。これだけの実績を残しているからにはそれなりの長い人生であったのかと思っていたが、36歳という若さで一生を終えていることを今回初めて知った。何事にも真剣に取り組み人生を全速力でかけめっぐった偉大な人物と驚嘆した。
そして今日は天気もよく山々がはっきりと見える。まだ雪で覆われた銀色の岩手山を背景に小岩井農場の一本桜を見ることができた。銀色の山、それに映える桜の色と地面の緑の配色が誠に美しい光景であった。その前は大変な人出で、バスもピストン運転で観光客を運んでいた。宮沢賢治もこの岩手山をふるさとの山として愛していたという。日本には各所に山がありその山々の恩恵を受けて生きていける。岩手山の恩恵をうけてこれからも脈々と生活が続いて行くのであろう。
2009年4月12日日曜日
福島花見山の桜
先日つくば自宅に来客があり、その方から福島に花見山という桜の名所があると聞いていた。そしてタイミングよく 昨日のテレビでその花見山から中継でその桜を紹介していた。1軒の農家が所有している山にこつこつと桜などの花木を植え育て、きれいな花を皆さんに楽しんでもらいたいという善意で私有地を公開しているという。今日さっそく見に行くことにした。
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行きは常磐道で途中高速道路から降りて郡山にある「銀河のほとり」というマクロビレストランで昼食をとった後、福島に着いた。その山近くになると車の渋滞となったが、阿武隈川土手に臨時駐車場がありなんとか駐車することが出来た。そこからは山の登り口まで臨時バスで行くことになった。
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私有地であるため飲んだり食べたりの宴会はなく皆さん歩いて山の花を観賞しながら見て回るという楽しみ方である。桜のみならず、黄色い花、真っ赤な花、白い花などいろんな花を楽しむことが出来た。東京ではすでに桜は散りつつあるが、ここ福島ではちょうど満開で今年最後と思われる桜を満喫した。
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帰りは福島市内の蕎麦屋でそば夕食をとり、東北道を南下しそのまま宇都宮まで走り、昨年末開通した北関東自動車道で常磐道に入った。今までは日光、那須などへ行くときはつくばからは在来の道を走らなければならず、時間がかかることが難点であった。高速料金がいるが、時間的には本当に便利になった。結局、往復630kmのドライブの一日となった。
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ドライブしやすくなったと言えば、いま高速道路は1000円という特別料金になっており、本日の料金は締めて2000円で済んだ。しかし、給付金といい単純に喜んで良いのか。いずれ選挙が終われば大増税時代が来るのは目に見えているのだから。
2009年4月11日土曜日
福岡堰の桜
400年ほど前の江戸時代につくば西南に位置する谷和原、伊奈、藤代地区の広大な農地に水田灌漑用水路を確保するために小貝川に作られたのが福岡堰。その土手にいまでは1.7kmに渡って桜が植えられ桜の名所となっている。
今週、東京からの帰りは高速道路を使わず在来道路をドライブしその途中、福岡堰を見て帰ることにした。しかし東京を出るのが遅くなり、結局福岡堰に着いたときにはすでに太陽は沈み桜を見ることは出来なかった。場所の確認だけは出来たことを良いとしてつくばに戻った。
そして今日、天気も良いので再度出かけた。福岡堰の駐車場はいっぱい。しばらく待っていたがまもなく空きができて駐車することができた。
用水路と小貝川の間の土手は桜のトンネルになっており、花見している人、散歩している人などで大変な人で賑わっていた。もうこの週末が最後のチャンスで、風に吹かれて花吹雪の様相も見られた。延々と続く桜並木。この堰・土手を作るには、多くの農民が使役として動員されたことだろう。年貢を納めるために農作業もしなければならない農民にとっては大変な苦しみではなかったのかと考えてしまう。
花見を楽しんでいる我々は、この堰・土手が作られたときの本当の歴史も知っておく必要があるように思う。残念ながらこの事業を企てた人だけが歴史の説明のかんばんには記載されている。名もない農民の血と汗の結晶がこの堰ならびに用水路であろうと思いつつ、美しい花の長いトンネルを往復した。
東京自宅の桜も散り始めており、この週末で関東地方の桜はシーズンを終わるようである。先日テレビで桜職人の名人が言っていたが、桜にとっては花を咲かせることがこの一年の終わりでこれから新しい葉が出てきて新しい年を迎えることになるそうである。人間にとっても春が実質一年の始まりといえる。
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