2009年2月28日土曜日

我が家のお雛様

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長女が生まれた時は石川県小松に住んでいた。お雛様を購入するため金沢市へ出向き木目込み人形のお雛様を買い、それ以来毎年飾るようにしてきた。転勤による移動のためにそのつど家の都合により飾り方はいろいろであった。たとえばドイツにいるときは本箱の飾り棚の花瓶などを移動させてそこに置いた。また机の上に並べることもあった。
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つくばに住みだして初めてのひな祭りであるので、また今後は転勤もないのではじめて専用ひな壇を作ることにした。木を購入3段のひな壇を作り、その上に赤い毛氈を敷いて人形を飾った。やはりきっちとした段飾りにするとひな祭りらしくなった。先週見に行った真壁のお雛様と比べてかわいい顔した人形たちである。これからもこのひな壇に人形を飾りひな祭りを祝いたいと思う。

2009年2月22日日曜日

真壁からの筑波山

           (真壁のひな祭り) 
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さすがまつりであるため臨時の駐車場もあり、車でいっぱいであった。観光バスも3~4台駐車しており、筑波山梅林祭りと組んだ日帰りツアーのようであった。町並みの中も人がいっぱい。各家にお雛様が飾られ、家の中に入って見ることが出きる。三原に住んでいたときにも、広島でも上下町とか竹原でも同じようにひな祭りがあり見に行っているがこれほど人は多くなかった。観光バスでのツアーコースに組み込まれていることが大きな違いではないかと思う。
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江戸時代のお雛様や最近のもの、木目込み人形など、あるお家の人に聞くと新しいお雛様は孫のものとの話をしていた。一通り見て歩いてお腹が空いたのと休憩のためすいとんを食べた。なぜ真壁ですいとんなのか理由は分からないがなかなか美味しかった。このまつりの食べものとして宣伝しているようである。
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今まで筑波山をいろんな場所から見てきたが、真壁から見る筑波山は近くであることから大きく見え、また二つのピークが最も幅広く離れており、筑波山の特徴が一番はっきりする光景であった。帰りまもなく車がのろのろ運転になった。その理由は道が筑波梅林からの帰り道と合流しているためであった。渋滞を避けるため、わき道にそれてつくばの田舎道を満喫しながらの帰宅となった。

2009年2月16日月曜日

つくば牡丹園

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つくば近辺にはフラワーガーデンがたくさんある。その一つが牛久沼近くにあるつくば牡丹園で、午後訪れることにした。
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自宅から約10km、車で30分ほどで着いた。ちょうど冬牡丹が赤、白、ピンクなど色とりどり、大輪あり、少し小さ目の花あり、花はいつ見ても美しく心を和ませてくれる。
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牡丹は普通春と秋に咲く花というが、今咲いている牡丹は工夫して冬場に咲かせるようにしたもの。
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冬場は美しい花が少ないがこの牡丹はその少ない花のうちの一つということで、観賞用として貴重なものになっている。
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筑波山近くの平地には夏場一面ひまわり畑のところもあり、他にもいろいろな花を見ることが出来る。これからも四季の花々を楽しめそうである。

2009年2月12日木曜日

筑波山梅林からの関東平野

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筑波山梅林は筑波山の中腹にある。すでに梅林の梅が咲き始めているとの情報があったので出かけることにした。めずらしく妻から今日は自分の車で行こうという。いつもは私から、一週間に一度は車を動かしてやらないとバッテイリーがあがってしまうよと言っているのにどうしたことか。しばらく運転していないこともあり運転したくなったようで、とにかく妻の車で出かけた。
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駐車場に車をとめて梅林を登った。いろいろな梅林を見て歩いているが関東平野が眺望できて雄大な景色が堪能できる点、今まで経験したことのないことであった。花は紅梅、白梅、八重の紅梅など3部咲き程度であるが、すでに満開に近い木々もあり、関東平野を一望出来る梅の木の下で休憩した。霞がかかり遠くの富士は見ることは出来なかった。手持ちのケーキを食べながらお茶を飲み日光浴、妻は太極拳のエクササイズをしたりして景色を楽しんだ。
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梅祭りは来週からということでまだ人は少ないが、私たちと同じような退職した夫婦の方々が見られた。平日に来られるのは退職後の大きなメリットで皆さんも思いは同じようだ。帰りは旧筑波街道を走った。道は狭く妻も運転はしずらかったようであるが、昔ながらの旧家の屋敷など見られ趣のある街道であった。
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筑波山麓は気温が低いがその中腹はいつも暖かいという。気温の反転現象と言われている。梅林の雰囲気は春が近いそのものであったが、テレビのニュースで筑波山中腹には福寿草が咲き始めたと伝えていた。まだまだ寒い日は続くと思うが、日が沈むのも少しずつ遅くなり春の足音は着実に近づいているようである。

2009年1月17日土曜日

吉瀬からの筑波山

会社勤めし初めて赴任した場所は石川県は小松であった。約30年ぶりではないかと思うが、その小松時代の同じ社宅で住んでいたご夫婦と会うことができた。その後ご夫婦も同じように東京勤めとなり若いときに竜ヶ崎に住居を構えずっと住んでおられる。つくばからは近いところであるのでお会いしたいと思っていたがようやく実現したもの。家の近くの森、吉瀬にあるイタリアンレストラン、イル・クウォーレで昼食を共にした。

私より年上の方でずいぶん前に定年退職しておられるが、昨年まではタイで技術の仕事を続けられていたという。髪は白ぽくなっているがお元気であった。

昔話に話が咲き、いろいろな方々の現況の確認の場にもなった。小松時代の共通の思い出話として、文化勲章の陶芸家浅蔵五十吉さんの話になった。当時会社のすぐ近くにその陶芸家のお家があり、同僚の送別には記念品として必ずその作品を購入し手渡していた。ご夫婦も小松を離れるとき壷をもらったという。その記念品を箱に入れ長い間持っていたが、最近取り出し飾るようになったという。当時まさか文化勲章をもらうまでの作品とはお互い認識していなかったと思いは同じであった。

実はわが家にも一つ作品があり、今は木箱に入れて大切に保管してある。私の場合は2つ個人的に購入し、一つは父の世話になった人に贈り物として差し上げた。今その方は文化勲章の陶芸家の作品であることを認識しておられるか気になるところである。木箱には作者名、経歴など記入された説明書(当時はまだ文化勲章はもらっていない)が入っており、興味ある人なら気がついておられることと思う。

いろんな話題で話が途切れることなくあっという間に2時間が過ぎ昼食を終えた。向かいにはルーラルハウス吉瀬がありそこでお茶タイムを過ごしお別れした。これからもこのようなつながりを持ち続け楽しみの一つにしていきたいと思っている。

2009年1月11日日曜日

霞ヶ浦からの筑波山

北日本、日本海側は雪景色の今日このごろであるが昨日今日と太平洋側は良い天気である。今日は成人式。マンション玄関を出ると、その前でお母さんが振袖で着飾った娘さんの写真を撮っている光景が見られた。10数年の前のことではあるが当時ドイツに住んでいて、娘たちは日本に帰り大学生。わが娘達の成人式の晴れ姿は見ていない。振袖姿の写真をみるだけであった。その後卒業式、結婚式などのときにその姿を見てやはり日本の女性には振袖が着飾る衣服としては一番と思いつつ、駐車場に向かった。今日は霞ヶ浦自転車道をサイクリングするためである。

霞ヶ浦歩崎公園には水族館と大きな駐車場がありそこに車を置き、お昼を過ぎていたのでまずはお結びとパンを食べ手持ちの熱い紅茶を飲み一服した。そして自転車を組み立て霞ヶ浦水辺沿いに整備された自転車道を、先日走った恋瀬川自転車道の終点である恋瀬川桜づつみ(愛郷橋)に向かって走った。最初は自転車専用道路であるが途中から自動車も走れる道となっている。

霞ヶ浦大橋のところを過ぎると前に筑波山が良く見えるようになる。水辺には水鳥が群れをなしており、鷺など大きな鳥も空に舞っている。小さな漁港が結構あり漁師で生計を立てている人がいるようである。途中白い魚を籠いっぱいに水揚げしている年老いた漁師さんがいたので魚の名前を聞いた。白魚という。魚釣りを楽しむ人も見かけ、釣り上げた魚を見ると30cmはある大きな魚も含まれていた。霞ヶ浦といえば汚れている湖の代表のように思われているが食べ物としての魚の貴重な源になっているようである。

自転車道片側は湖であるが、反対側を良く見ると二本の大きな鉄パイプが延々と敷かれている。ところどころで湖にその端が突っ込まれている。カンバンには汚泥を運んで水の浄化をしていると書かれている。このような地道な努力によりこれからも魚が住める環境を維持できるのであろう。

湖岸の一部工事のところ1キロほどと恋瀬川桜づつみ手前約1キロの二箇所が舗装されず砂利道で走りずらいがそれ以外の道はきれいに舗装されて非常に走りやすい自転車道である。ただ、自転車専用の箇所は一部でほとんどは自動車も走ることが出来ることからたまにであるが自動車には気を使う。

行きは約1時間半かかり、帰りは1時間ちょっとで歩崎公園に戻った。往復36kmのサイクリングであった。自転車の車輪をはずし車に乗せてつくばへ帰ろうとしたが、歩崎から土浦までもこの道は続いていることが分かり、帰りはこの道に沿ってドライブした。土浦まで約15kmくらいあり次回は自転車でトライしたい。

2009年1月1日木曜日

初日の出

つくばに住み始めてはじめたことの一つが蕎麦打ち。蕎麦打ちとはいっても普通の方法ではなく、ドイツに住んでいた頃使っていたスパゲッティ作りの道具を使う。当時はうどんが食べたく自分で作ることを考えこの道具を使ってうどんを味わっていた。

つくばに来ていろいろ蕎麦屋を調べて食べ歩いているが、残念ながら広島の尾道茶話駄、それから豊平の高橋名人の達磨の味には及ばない。そこでとうとう自分でトライすることにした。そば粉は近くでとれる常陸蕎麦を使う二八蕎麦である。

この大晦日はこの自分流蕎麦で妻と二人きりで味わった。高橋名人には及ばないと思うがなかなか美味しい。揚げたての野菜のかき揚もうまくマッチングし最高であった。普通のうどん、スパゲッティ作りとは異なる方法が必要であることも分かりこれからの楽しみの一つになりそうである。

新年早々いい天気で朝7時ころ東に初日の出を見ることが出来た。今年も毎日毎日を大切に過ごしたいと思っている。